駄目人間逹 の Wall Of Death

鬱患者の駄目人間が好きな音楽のコトをダラダラ綴るブログ

Blackend / METALILCA 低音をください

メタル・ジャスティス

‪名曲を紹介する。わたしのメタル体験にとってMETALLICAは存在感があり過ぎて、もう好きとか嫌いとか語るのも無意味になりつつある。彼らの音楽を技術論やカテゴライズで語るコトが、わたしにはもうできない。なんとでもいえるし、なんだともいえない、って感じで、時代を切り開いてきたパイオニア達に共通する概念が彼らにも当てはまる。METALLICAのジャンルはMETALLICAだというコト。

彼らの特徴の一つに、アルバム毎にその様相がかなり変わる、というコトがある。逆の例でいえば、AC/DCやMotörhead が挙げられるかな。彼らは基本的にずっと変わらぬ良さを貫いたバンドといえるよね。もちろん、マンネリを良しとしていたって意味じゃないよ、スタイルを変えなかったというコトね。これはこれでとても大変な行為だと思うし、多くのバンドはそれができずに苦しむコトだってザラにある。時代やトレンドが変わるのに同じスタイルを貫くのが如何に難しいか、何も音楽に限った話じゃないよね。

でMETALLICAは、アルバム毎にどんどん無遠慮に変えるスタイル、なのね。無遠慮というか無軌道というか。「もう一枚くらいは同じ路線でアルバム制作してもいい作品になったんじゃない?」と感じるコトも珍しくないんだ。今回紹介する4thアルバム「...And Justice For All」は、正にそんな感想を持ったアルバムだった。前作にあたる歴史的超重要アルバム「Master Of Puppets」が、スラッシーなスピード感とヘヴィ・リフの奇跡的成分比を実現していたのに対して、本作はその延長線上に位置するというよりは、より実験的な領域に踏み込んだイメージが強い。

ストレートな破壊力の追求ではなく、作品としての創り込み、構築美、の追求に舵を切った印象で、難解さへの挑戦ともいえそうな気がする。単純に曲が長くなり、1曲に詰め込まれたアイデアの量がそれまでのアルバムに比べて格段に多い。リフの多さ、リズム・チェンジの多さ、変拍子の多さが明らかに変化している。また賛否の大きく別れるサウンド・プロデュースの実験もかなり思い切った決断だったんじゃないかと思う。今作のリズム・セクションのサウンドの意外性ったらない。いやハッキリ書こう、リズム・セクション・サウンドのダサさったらない。あ、一見は、って意味でね。スネア・ドラムやバス・ドラムの音が当時の時点でかなりチープだったし、何より「Master 〜」の音でいいじゃんって感じずにはいられなかった。ベースに至っては、ほぼ聴き取り不可能なほど、レベルが下げられている。つまり全編にわたって、歌とギターとドラムしか聴こえない。最初の感想は、ナニコレ?だったな。

これにはいくつかの理由があって1番大きな要因は、バンドの中心的存在だったベーシストのクリフ・バートンが、「Master 〜」ツアーの移動中、事故死してしまったコトだろうと思う。つまりこのアルバムから2代目ベーシストの、ジェイソン・ニューステッドにメンバー・チェンジしているんだよね。彼のLIVEにおけるパフォーマンスはいつもエンジン全開で最高だし大好きなプレイヤーなんだけど、このアルバムで彼の演奏は使われていない。ギタリストのジェイムズが録ったベース・トラックが採用されているのだとか。

メンバーを失った苦痛からくる動揺や、それでも前進しなくてはならない宿命めいた決意が入り混じる中制作した結果、出てきたのがこの難解なアルバムだったというわけ。

いい意味でも悪い意味でも、とにかく普通じゃないの。

今では3周くらい回ってこのアルバムは大好きになった。まあ主にギターを聴いて楽しむコトにしたんだけどさ。ソロよりも、リフ・ワークがいいんだよね(ごめんね、カーク)。

時間に余裕があったら、関連記事のリンクから是非前作のリーダー・トラックである「Battery」を聴いてみて。音の違いに驚くから。

METALLICAは続く5th「METALLICA(通称ブラック・アルバム)」を発表後、セールス面で世界的成功を手にする。アルバムの完成度は格段に上がり、いわゆるメタリカ節もほぼ完成に至る。しかし同時に、スラッシュ・メタル的な攻撃性や過激さを捨てていった流れでもある。「世界のMETTWLICA」になってからの曲もいずれ紹介したいと思っているけど、この爆発前夜、地の底から復活し這い上がろうと足掻いていた彼らの叫びは、何物にも代え難い魅力を放っていると思うんだ。苦しみを伴った魅力を。

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