駄目人間逹 の Wall Of Death

鬱患者の駄目人間が好きな音楽のコトをダラダラ綴るブログ

Chains / COLLISION 大好きな3ピース

Collision

音楽という表現手段の価値は何をもって定義されるんだろう。わたしは音楽ファンを自認して随分と時が経つけど(忌々しい現実)、幾度となくこの問いの答えを求め思考し、諦めてきた。

楽曲の商業的価値のみをもって評価するのは簡単で、単純に何枚売れたかという物差しを持ち出せばいいだけの話。確かに売れるコトは作曲者たちの励みとなろうし、糧を得るコトで再び作曲が可能になるのだから、いいコト尽くめだと思う。

そうは思うけど、売り方や楽曲そのものの性質とは無関係のカオス的効果によって、何故だかたまたま売れてしまう楽曲も存在しており、しかしだからといってどういう形であれ売れた楽曲の作曲者は咎人かといえばそうではないと思う。それがたとえ偶然引き当てた奇跡の一撃だったとしても、作曲そのものはその時点で全くの無名行為なのだし。

では何を評価すればいいのかといえば、個人の好みや感じ方以外、信じるに足るものなど有りはしない、といいたい、いいたいんだけどそんなコトは元より判り切った話で、個人の感じ方だけではどうしても納得のいかない状況、というヤツがあるのだから厄介だ。

わたし個人のアルアル話で恐縮なんだけど、どうしてこんなに素敵な楽曲や作曲者が「売れて」いないのかという疑問を持ち続けるケースが非常に多いんだ。本当に知れ渡った上で売れなかったのか。実は知らないんじゃないのか。知ったら好きになったんじゃないのか。

個人の感じ方や評価を他人に押し付けるなんて不粋な真似は嫌いなわたしなのに、それでも形振り構わず無理矢理ヘッドフォーンを装着させて、大音量で聴かせたい楽曲が何曲もある。最悪、好きになれなかったのならそれは仕方の無いコトだと諦める。でもさ、もしかしたら好きになれるかもしれないじゃん?あなたの人生、250秒くらいわたしにくれない?

わたしはこのブログで楽曲を紹介するたびに毎回そんなコトを考えている。毎回欠かさず必ずそう考えている。

あ、前置きに800文字も付き合わせちゃってゴメンね、本題いくね。

コリジョンというバンドはたった2枚のアルバムを発表しただけで、音楽シーンから退場してしまった。デビューアルバムは1992年発表、1995年に2ndアルバムを発表するも、それがラスト・アルバムとなっちゃったんだ。時はまさにグランジ・ブームの真っ最中で、ニルバーナやパールジャムなんかが売れまくっていた時代。こんなに素敵な3ピース・バンドが、どうして受け入れられなかったのか、本当に今でも謎なんだ、わたしとしては。

タラレバを語り出すとキリがないとわかりつつも、彼らのデビューがあと2年早かったら、と思わずにはいられない。

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